ポツダム宣言を受け入れてしまう以上、これから私達が受ける苦難は計り知れないし、悔しい思いもたくさんするだろうけど、いずれ来るはずの平和な未来のためにいまは「堪え難きを耐え、忍びがたきを忍び」生きる決意をしようっていう意味だね。すごい!
そんな堪え難きを耐え、忍びがたきを忍んだ決意をした人達が描いた未来の世界に生きてる僕は、彼らに対しての責任を取れた生き方ができてるか。
いずれも、「自らの社会的な立ち位置を知るための場の演出」っていう言葉にまとめられるはずなんだけど、大船渡で家主リレーとかやっても、あんまり効果的ではないような。「家主リレー」は、人がランダムに触れ合う色が強い。
いまある多くの仮設住宅は役所による抽選で近所に住む人が決まってしまうので、すでに人がランダムに振り分けられている状況にある。そこでもう一度ランダムを持ち込んでは効果がない。
あと、「社会的立ち位置」のなかの「社会」ていう言葉の指す範囲が違う。気仙での仮設住宅村でいう「社会」は、おなじ仮設住宅村に住んでるみんなを、改めて「地域社会」と呼ぶことにしよう、という意図がある。
比べて東京では、町を歩いている人に試しに適当に話しかけてみてると、たぶん一人一人ごとに、様々な社会(クラスタ)で生きてる人と当たる。東京では「住んでる場所」で、その人が生きる社会が全て決まるわけじゃないから、むしろ「場所と時間で縛る」ていうルールを加えるだけで、「自らの社会的な立ち位置を知るための場の演出」が成り立つ。
東京では、人生観が変わるような奇跡的な出会いの可能性が、自分から半径50メートル以内とかにいつも転がってるのに「いつもどおりの自分」が立てる予定の中だけで生きていては、気がつかない。奇跡と出会うためには自らの予定を、予定を超えた所で立てなきゃいけない。
東北の仮設住宅では、抽選によってランダムにご近所が決まってしまって、それが原因で問題になってもいるけど、東京では、人はもっとランダムに振り分けられた方が、奇跡と出会えると思う。
東北の仮設住宅では、抽選によってランダムにご近所が決まってしまって、それが原因で孤独死が起きているけど、東京では、人がもっとランダムに振り分けられないばっかりに、自殺や過労死が起きているのかもしれない。
津波に曝された土地へのトランスプラント――この「移植」や「移住」を意味する言葉のもと、更地となった場所にアーティストが「移住」し、住まいや電力のインフラを立ち上げながら、アートやエネルギーを新たに「移植」していきます。こうして、イチから現地で育ったとは限らない要素を持ち寄り、失われたものを新たなしかたで植えなおし、やがて開花させることへの希望を、トランスプラントという言葉に込めました。
気仙地域の木材を利用した「くっつきハウス」は、地元の特産物を食べながら、参加者とアーティストとの会話が生まれる場となります。そうした交流を支える電力は、現地に今も残る瓦礫を素材にして建てられる「気仙藝術発電所」からの自然エネルギーによって供給されます。他にも、発電によるパフォーマンスや建物へのペインティングなど、多様な実践を通じて私たちの生命活動とエネルギーとの関係を体感できる場となります。
こうしてケセン・トランスプラントでは、海と山に囲まれた気仙地域の環境の豊かさを見つめながら、自然との関わりの中にある私たちの生活を、新たに描き出します。暮らしやエネルギーをめぐる私たちの実践が、被災地の未来のヴィジョンを共に考え、育てていくきっかけとなることを願っています。
池田 剛介
http://kesen-transplant.com/
くっつきハウス
「くっつきハウス」とは、村上慧による、組み立て式の広さ4畳半の茶の間です。3時間ほどで組み立て可能で、2トントラック1台で運搬が出来ます。くっつきハウスの期間中はアーティスト本人が滞在し、「食材持ち寄り形式の鍋」をやりつづけます。そこでの日々の会話や訪れる人達を、ウェブ上に記録していき活動を広め、最終的には冊子にまとめる予定です。映像としても記録していく予定です。
そんなくっつきハウスは、今後数年間の射程をもって、気仙地域で仮設住宅を巡業していくよていです。ケセントランスプラントは、くっつきハウスの第一回お披露目でした。
5月5日「けせんふぇす」でのくっつきハウス




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